2020.3.15
「殺せ。十字架につけろ」



ヨハネによる福音書18章38b~19章16節a


〈レント3〉


音声データ
※クリックすると音声が流れます



    

「殺せ、殺せ、十字架につけろ」(15節)


 「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」というピラトの問いかけに対して、ユダヤ人たちはついに「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えるに至ったのでした。彼らは、ローマ皇帝を自分たちの王として認めることによって“主なる神様こそが、イスラエルを支配しておられる真の王である”という、自分たちの〈信仰〉までも棄ててしまいました。彼らの内にこみ上げてくる憎しみや呪いが、彼らをここまで追いやったのです。ピラトはこの声に、もはやなすすべもなく、十字架につけるために主イエスをユダヤ人に引き渡してしまいました。

 主イエスは、まさにこれらの人々の罪によって十字架につけられるに至るのです。でも、このような罪はユダヤ人だけが、ピラトだけが持っているのではありません。すべての人の内に罪・憎しみが潜み、神に逆らう思いが潜んでいます。すべての人を救うために真の光として世に来られた神の御子を皆が憎んで、呪いや嘲りといった闇の思いで見つめ、「殺せ、殺せ、十字架につけろ」と叫ぶのです。ここに現れているのは、すべての人間の内にある罪そのものの姿です。私たちの内にある、自分を絶対として神に逆らう思い、神を抹殺したい思いが、ここに形となって現れ出た。

 しかし、これらの人間の罪さえも用いて、神様の救いのご計画は進んで行きます。このようにして人間の罪が極まり、主イエスが十字架に引き渡されること、それこそが神様の救いのご計画だったのです! 神様は、私たちの罪に対して激しく怒り、罪をどこまでも罪として審き、処断なさるお方です。その神様が、罪に対するその激しく燃える怒りをすべて御子にぶつけることによって、私たちの罪をすべて赦してくださった。そのようにして、罪の力そのものを滅ぼしてしまわれたのです。神の愛が、勝利したのです!







トップページへ