2019.2.3
「試練に出会うとき喜ぶ」



ヤコブの手紙1章1~18節


【音声データ】
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「わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい」(2節)


 いきなり、思いもかけない言葉がバンと投げかけられています。“「試練」に出会うときは、悲しんだり落ち込んだりするのではなく、喜べ”というのです。この「試練」の具体的な中身とは何でしょうか。具体的な事例は記されていませんが迫害や病気、貧困などのように、外側から私たちに襲いかかり、苦しめるものを指しているでしょう。著者は「試練」を“「この上ない喜び」と見なしなさい”と命じるのです。「この上ない喜び」とは、〈あらん限りの喜び〉〈最高の喜び〉という意味です。「試練」を「喜び」に変えよと言うのです。つまり、このヤコブ書は「喜び」のメッセージから語り始めているのです。

 なぜそのように言うことができるのでしょうか。そこに「忍耐」が生じ、「知恵」が与えられるからです。「信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります」(3~4節)。この「試される」という言葉は“本物かどうかを吟味するために試してみる”という意味から来ている言葉です。つまり信仰者が試練に直面することは、その人の信仰の真価が試されていることなのです。またここで言われている「忍耐」は、ただじっと我慢するというような消極的な態度ではなく、どのような苦難に対しても敢然と向かって行く積極的な姿勢を指しています。すなわち、これは当時の信仰者たちの信仰的な闘いの跡がにじんだ言葉であると理解することができるのです。

 「完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人」というのは、道徳的に完璧な人という意味ではありません。これはキリストに倣うことと言うことができますが、パウロが語っている「キリストがあなたがたの内に形づくられる」(ガラテヤ4・19)というのと同じことでしょう。







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