2018.12.23
「神さまが私たちの間に!」



ヨハネによる福音書1章6~18節


【音声データ】
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★ クリスマス礼拝 ★


    

「言は肉となって、私たちの間に宿られた」(14節)


 〈宿る〉という言葉は、元々〈天幕を張る〉という意味の言葉です。イスラエルの人々は昔、モーセに導かれてエジプトの奴隷の中から脱出して、約束のカナンの地に入るまで40年間も荒れ野を旅したことがありました。その旅の間、イスラエルの人々は毎日〈天幕〉で休みました。〈天幕〉というのはバラバラに解体して持ち運ぶことができる組み立て式の簡単な家のことで、今で言うテントのようなものです。神様が私たちの間に〈天幕〉を張り、宿ってくださったというのです。

 荒れ野を歩いて旅することは大変です。それも40年もの間です。イスラエルの人々は何度もくじけそうになり、水や食べ物がなくなる度に不平不満をつぶやき、神様に対する信仰さえ、しばしば失いそうになりました。でも神様は、そんな彼らとずっと共に旅をし、歩んでくださったのです。神様がモーセを通して与えてくださった10の戒め、その〈十戒(じっかい)〉が刻まれた石の板を納めた〈掟の箱〉を置くための天幕もありました。その天幕を〈臨在の幕屋〉と呼んでいました。その〈臨在の幕屋〉は神がイスラエルの人々と一緒にいてくださることのしるしです。荒れ野の旅は厳しく辛く、人々は何度も奴隷の地エジプトに帰りたいとさえ不平や愚痴を言いましたが、神様はそのたびに彼らを助けてくださり、約束の地にたどり着くまで守ってくださったのでした。

 私たちのこの世の生活も、ちょうどイスラエルの天幕生活と同じようなものです。人生の旅を続ける中で辛く苦しいことや、死にたくなるような目に遭うこともしばしばあります。しかしそのただ中に神様はおいでになって、“勇気を出しなさい。私があなたと共にいる”と言って励ましてくださるのです。私たちが人生のどん底、悩みのどん底にある時に、共に生きてくださる方が傍らにいるということ、これがイエスさまにおける恵みの豊かさなのです!







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