2018.12.16
「神の憐れみの心」



ルカによる福音書1章57~80節


【音声データ】
※クリックすると音が出ます



★ 待降節(3) ★


    

「暗闇は光を理解しなかった」(5節)


 これは以前の口語訳聖書では「やみはこれに勝たなかった」と訳されていました。ずいぶん違った意味に訳されているように思えますが、この〈理解する〉というギリシア語はもともと〈つかむ〉という意味の言葉ですから、精神的につかむという意味では〈理解する〉となり、身体的に相手をつかまえるという意味では〈抑圧する、打ち負かす〉となって、どちらにも訳せる言葉です。そして、いずれの訳も深い内容を語っているように思うのです。

 光が暗闇の中で輝く時、それがどんなに小さな光であろうとも、暗闇はその光を押さえつけて輝かないようにすることはできません。主イエスがのちに、良い行いを光に、悪い行いを暗闇にたとえておられることから考えて、この世において悪が善を完全に制圧することは絶対になく、善は悪の中でさえもその力を発揮し続けることが、ここで示されているのだと思います。そして誰でも、このようにして暗闇の中で輝き続けるためには、悪に満ちたこの世に真の光としておいでくださった主イエスに捕らえられる必要があるのです。

 罪と死にまみれた、どうしようもない私たちの暗闇の世界に、主イエス・キリストは、真の光として来てくださいました。その生涯は、まさに人々の心を照らす光でした。病に苦しむ人を癒し、〈罪人〉と呼ばれさげすまれていた人たちに“あなたたちこそ救われる”と救いを告げ、貧しい人と共に生きられた。こうして主イエスの人格とその働きを通して神の愛の光が私たちの内に差し込んできたのです。私たちを苦しめる闇の力・罪の力は、この光をなんとか阻止しようとしましたが遂にできませんでした。神様の愛の光の勝利、それが十字架と復活の出来事だったのです。私たちの身代わりに十字架へと向かわれる主イエスの愛、そして愛する独り子さえも十字架にかからせた神様の全き愛、この愛の光によって罪の闇は打ち破られたのです!







トップページへ