2018.9.9
「あなたの罪は赦された」



ルカによる福音書5章17~26節


【音声データ】
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「あなたの(諸々の)罪は赦された」(20節)


 〈罪〉とは、ひと言で言えば神を信じないことであって、この「中風の人」は、きっと苦しみの中で“神にさえ、この病は癒せない”という〈不信仰〉に陥っていたのでしょう。今日の箇所には“本人の信仰で主イエスのもとに行くことを願った”というようなことはまったく書かれておらず、むしろ周りの人たちの信仰が取り上げられています。このことを見ても、彼は神様よりも病を信じるといった〈不信仰〉に陥っていたのです。

 しかし、その病さえも神の御手の中にあるということを知るときに、変な言い方ですが〈健やかに病む〉ことさえできるようになります。私たちの命は病気で終わりなのではありません。死で終わりなのではありません。それを超える神の愛の御手に・命の御手に包まれているのです。それを知らせるためにこそ、御子は地上に来られたのです。この神の愛を信じて、手放さないことが「信仰」です!

 だから、このような神の真実な愛の御手を見失うところに「信仰」の危機があるのです。神様よりも病の確かさを信じるようになる。死の確かさを信じるようになる。その時に、私たちは望みを失ってしまいます。主イエスが「中風の人」に向かって「あなたの罪」と言われたのは、そのような〈不信仰〉の罪なのです。この不信仰の罪が赦され、拭い去られたときに“病もまた神の御手の中にあることであり、神の御心一つで癒されるもの”という〈信仰〉が動き始めるのです。この世の何ものをも絶対とせず、ただ神様を絶対とするまことの〈信仰〉が息づき始めるのです。

 それゆえ、〈罪の赦し〉と〈病気の癒し〉は、神を信じるということを中心とする一つの事柄なのです。主イエスが「中風の人」に対して〈罪の赦し〉を宣言なさった時、彼は神を信じたのです。その時、癒しを含めたすべてが動き始めたのでした。







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