2018.8.26
「よろしい。清くなれ」



ルカによる福音書5章12~16節


【音声データ】
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「よろしい。清くなれ」(13節)


 この「よろしい」と訳されている言葉は、実は「御心ならば」と願った病人と同じ言葉で、“私は〇〇したいと願う”“私は〇〇を意志する”という意味の言葉です。“あなたがそれを意志さえしてくだされば”という願いに対して、主は“もちろん私はそれを意志する。清くされよ”と言われたのです。すると、たちまち重い皮膚病は彼から去ったのでした。

 旧約聖書の冒頭の創世記に記されている天地の創造もまた、「光あれ」という神様の意志の言葉によって始められました。「初めに、神は天地を創造された。……神は言われた。『光あれ』。こうして、光があった」(創世記1・1~3)。この「全身重い皮膚病にかかった人」の癒しも、それとまったく同質の出来事です。創造の根源的な出来事が神の御子イエスにおいて今、ここに起こっている。この病人の癒しは、ただ病気がよくなったというだけのことではありません。これは、神様による新しい創造にほかならないのです。

 主イエス・キリストは私たちすべての者に“私が意志する。あなたは清くされよ”と語りかけてくださっています。それはこの世のあらゆる境遇や状況を超えて響く、命への招きの御言です。罪と死からの解放の御言です。私たちも、病気になるかもしれませんし、いろんな苦しみ・悩みに直面するかもしれません。しかし、もはやそれらは私たちを支配することはできません。それら一切を超えて、主イエスの愛が私たちを捕らえ、支配するからです。一人一人に対する“どうしてこのままであってよいだろうか、どうして滅びてよいだろうか”という、主の切なる愛の思いがあるのです。これは、父なる神様ご自身の意志であり、思いでもあります。〈使徒信条〉の最後の「罪の赦し、からだの復活、永遠のいのちを信じます」に関わる、真の清め・癒しが、ここに宣言されているのです。







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