2018.8.5
「神の掟はむずかしくない」



ヨハネの手紙一 5章1~21節


【音声データ】
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「神を愛するとは、神の掟を守ることです」(3節)


 難しい議論は抜きにして、〈愛する〉ということ、“神と人を愛して生きよ”というのが神の掟であり、それに尽きます。ほかならぬ主イエスご自身も、一人の律法学者から「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」(マルコ12・28)と尋ねられ、“全身全霊であなたの神である主を愛すること。また、隣人を自分のように愛すること。この2つにまさる掟は、ほかにない”(マルコ12・29~31)とお答えになりました。

 この手紙の著者も、〈愛する〉ということを中心に、“神を〈愛する〉ということが、すなわち〈神の掟〉を守ることなのである”と語っています。そしてその上で「神の掟は難しいものではありません」(3節)とも言います。“お互い、主イエス・キリストに罪を赦された喜びをもって、互いにその喜びを分かち合い、そこに原動力を得、源を置いて、信仰を告白し、愛し合うことは難しくないはずだ”というのです。これは、神様のお働きによるものです。神が先に立って導かれ、私たちの内に感謝と讃美が生まれ、信仰告白と愛が生まれてくるのですから、一切が聖霊により、神がそうさせてくださるわけで、人間にとって負担になるような性質のものではないと言っているのです。むしろ人間が自分の力でそれをやろうとすると困難になり、負担になるのです。

 つまり、〈愛する〉ということを義務や強制で考えるから、おかしくなる。〈愛する〉ということに“~ねばならない”はありません。他人と比べるのも違います。父なる神様が御子キリストの十字架によって、私たちのあらゆる罪を赦してくださったことを本当に知っているか、その愛と恵みを受け止めているか。本当に知り、受け止めたなら、自然とその人は〈愛する〉人へと創り変えられていくのです。







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