2018.7.22
「収穫は多いが、働き手が少ない」



マタイによる福音書9章35節~10章4節


【音声データ】
※クリックすると音が出ます



    

「イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった」(1節)


 なぜこれほど大きな力が与えられたのでしょうか。ここで私たちが覚えておかなければならないことは、“弟子であることの根拠は、ただ〈主イエスの召し〉にある”ということです。彼らは自分から弟子になったのではないし、その能力によって弟子と認められたのでもありません。言うまでもなく、「あらゆる病気や患いをいやす」というその務めは自分の力では決して果たすことのできないものでした。ただ、主イエスが与えてくださる力・「権能」によってだけ、それは成し遂げられるのです。

 そして、もう一つ気がつくのは、ここでは実に様々な人たちが主の弟子として選ばれているということです。続く2節以下には、「十二使徒」の名前がズラズラと書かれています。でも、ただ名前の表があるだけというのではありません。この中には、名前のほかに別の言葉が付いている弟子が3人います。「徴税人のマタイ」「熱心党のシモン」そして「イエスを裏切ったイスカリオテのユダ」です。「徴税人」はマタイ福音書に度々、登場しますが、彼らはローマ帝国の手先となって人々から税金を取り立てていたため、売国奴として軽蔑され、嫌われていました。また「熱心党」というのは、〈神を愛するのに熱心な者〉という意味の呼び名で、唯一の神以外の主権を認めない立場から、「徴税人」とは正反対に、直接武力に訴えてまでローマの支配に反抗した人たちです。

 つまり主イエスがお選びになった12人の中には、この「徴税人」と「熱心党」という両極の者たちが入っていたというのです。本来なら敵対関係にあるこの両者は、主イエスに従うという、ただその一点において結ばれ、同じ目標を目指して共に働く者とされたのです。







トップページへ