2018.5.20
「神は分け隔てなさらない」



使徒言行録10章1~35節


〈ペンテコステ礼拝〉


【音声データ】
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「神が清めた物を、清くないなどと……言ってはならない」(15節)


 祈るため屋上に上がったペトロは、我を忘れた恍惚状態になり「あらゆる獣、地を這うもの、空の鳥」を「屠って食べなさい」と言う「声」が聞こえました。しかしペトロは驚き、慌てて答えました。「主よ、とんでもないことです。清くない物、汚れた物は何一つ食べたことがありません」(14節)。ユダヤ人には、必ず守らなければならない掟・律法があり、それを厳格に守らなければならないと思ったのです。
すると、また「声」が聞こえてきました。「神が清めた物を、清くないなどと、あなたは言ってはならない」。しかも、そういうやり取りが3度も続いたというのです。つまりこれは、神様が〈決定的な新しい事態〉を開いてくださったということです。神のご意志です。だから、古い規定にとどまって神の御心を拒んではなりません。

 神様が“清い”と宣言なさった、その宣言がもう先にあるのに、それを無視してあるいはそれに逆らって「清くない」などと人間が言う、そういうことが断じてあってはならないと言われているのです。いつも先を行かれるのは神様であり、事を始められるのは神なのです。この神様の宣言に聴き従うこと、先行する神の働きに従って歩むことだけが、人間に求められ、またゆるされていることです。異邦人への伝道についても、先行する神様の働きが既にここに起こっていることが生き生きと描き出され、その御心に従って歩むことが求められているのです。

 私たちも同じです。私たちが属する日本キリスト教会は、プロテスタント教会の中でも〈改革派〉の流れを汲む教会です。〈改革派〉というのは“御言によって改革され続ける”という意味です。もちろん、まことの教会であるために変えてはならない柱・土台はありますが、それと同時に、御言によって絶えず改革され続けていく、神の御心に従って変わり続けていく、柔軟さ・自由さが求められているのです。







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