2018.5.6
「御子に望みをかける」



ヨハネの手紙一 2章28節~3章10節


【音声データ】
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「神の子たちと悪魔の子たちの区別は明らかです。正しい生活をしない者は皆、神に属していません。自分の兄弟を愛さない者も同様です」(10節)


 「神の子たちと悪魔の子たちの区別」は、愛の戒めを実際に行動に移したかどうか、実践したかどうかによります。ここで言われる「正しい生活」とは規律正しい生活などではなく、自分の兄弟姉妹を愛することであり、愛を行って生きる人は「皆、神に属し」ているのです。

 このように、今日の最後は「愛」のないところに「正しい生活」はないという言葉で結ばれています。これは次の段落の18節の「子たちよ、言葉や口先だけではなく、行いをもって誠実に愛し合おう」へとつながる言葉です。神を愛し、人を愛する。神に仕え、人に仕える。この信仰の原点へと素直に立ち返れと呼びかけられているのです。「人生は愛することを学ぶ学校だ」という言葉がありますが、まさに私たちが生きる上で重要なのは、どんな状況・環境にあっても「神様は、この私を今、愛し、支えていてくださる」ことを知り、信じて生きることです。私たちの愛に先立つ神の愛に促され、支えられて、神と人とを愛して生きるところに、本当の人生の喜びがあるのです。

 そして教会も「神を愛し、人を愛する」真実の愛に生きる共同体であるとき、教会の命は輝き続けます。今日の御言には「神の種」(9節)という言葉が出てきましたが、私たちの教会が、またそこに集う一人一人が神と人への愛に生きていれば、その愛は必ず「神の種」となり、いつの日かそれは思いがけない形で芽を出し、また「豊かに実を結ぶ」のです。それが神の御業であり、主イエスご自身の約束です。しかし、そのことは同時に私たちが今「神の愛に生かされて、愛に生きる」一人一人であるか、そのような共同体であるかということが、真剣に教会の内から外から問われているということでもあるのです。







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