2018.4.15
「私の手や足を見なさい」



ルカによる福音書24章36~53節


【音声データ】
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「イエス御自身が彼らの真ん中に立ち、『あなたがたに平和があるように』と言われた」(36節)


 「あなたがたに平和があるように」という言葉で、実際に主イエスが言われたのは、おそらく〈シャーローム〉というヘブライ語だっただろうと思います。この〈シャーローム〉が指している平和というのは、単に戦争がないとか平穏無事ということではありません。〈シャーローム〉とは“神様が共におられる”状態のことであり、“神との平和が保たれている時に、人間は本当に平和・平安でいることができる”という意味が背後にあるのです。

 ですから主イエスが〈シャーローム〉とおっしゃった時、それは、ただ挨拶をなさったわけではありません。主が「あなたがたに平和があるように」と言われたということは、ご自分を見捨て、見殺しにした罪人である弟子たちに向かって、“それでも、神様はあなたたちと共にいてくださる”と宣言しておられるということなのです。

 でも弟子たちは恐れおののいて、幽霊を見ているのだと思いました。そこで、主イエスは「わたしの手や足を見なさい」と言われました。(38~39節)。そして復活の主は今、この私たちの真ん中に立って、「あなたがたに平和があるように」と言われます。罪と汚れと弱さに満ちた一人一人に「平和があるように」と、“それでも、神様はあなたと共にいてくださる”と宣言してくださっているのです。その復活の主の手と足には、五寸釘のような大きな釘で十字架に打ち付けられた〈痛み・苦しみ〉の傷跡があります。それは、ほかならぬこの私たちの罪を代わりに負うための〈痛み・苦しみ〉の傷跡です。私たちが、もう立ち上がる気力も希望も失ってしまって、主の足もとに崩れるように祈るほかないとき、その足に十字架の跡を見るのです。主が一人一人の手を取って起き上がらせてくださり、一緒に歩いてくださるとき、その握ってくださる手に、赦しの傷跡を見るのです。







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