2018.4.8
「目が開け、主イエスだと分かった」



ルカによる福音書24章13~35節


【音声データ】
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「すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった」(31節)


 弟子たちの心の目は閉ざされています。復活の主イエスが体をもって現れても、弟子たちと一緒に歩いても、主ご自身が彼らの心の目を開いてくださらない限り、彼らはその方を復活の主として理解できないのです。しかし復活の主イエスご自身による聖書の説き明かしを聴いている内に不思議なことが起こりました。弟子たちの心が熱く燃え始めたのです。一行は目指すエマオの村に近づきましたが、主お一人は、なお先へ行こうとされる様子でした。けれども2人の弟子たちは主の話が聴きたくてたまりません。“どうか、一緒にお泊まりください”と言って、無理に引き止めました。そして一緒に食事の席に着いた時です。主イエスは客人であるにもかかわらず、まるで一家の主人のようにパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになりました。「すると、二人の目が開け、イエスだと分かった」。

 2人は「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」(32節)と語り合いました。“なぜメシアたる者が十字架の苦しみを受けねばならなかったのか”というそのことの意味が、これまで何度言われても分からなかった神様の救いのご計画が、復活なさった主イエスご自身の説き明かしによって分かったのです。様々な自分の思いでいっぱいになって、本当に大事なものを見ることができずにふさがれていた心の眼が今、開かれたのです。彼らは聖書の御言を通してまことのメシアに出会い、新しい命をその身に受けたのでした。2人の心は、熱く燃えました。

 そして2人に現れた主イエスは、この私たち一人一人にも近づいて来られ、今、共に歩んでおられるのです!(15節参照)







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