2018.4.1
「あの方は、復活なさった」



ルカによる福音書24章1~12節

〈イースター〉

【音声データ】
※クリックすると音が出ます



    

「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ」(5~6節)


 「途方に暮れている」(4節)と訳されている言葉は、解決できない難問、矛盾にぶち当たる以外になく、立ち止まらざるを得なくなる状態を表しています。この女性たちの状態がまさにそうです。主イエスは生前、3度にわたってご自分の十字架の死と復活を予告しておられました。その復活の物語が、神様の救いのご計画が、もう止まってしまったと思い込む姿がここに現れているのです。彼女たちは、死に心を摑まれ、死に説得され、主が告げられた命の物語について行けなくなっているのです。

 でもこれは、人間の〈不信仰〉のゆえに生じている断絶です。だからこそ神様は、この断絶のこちら側で道が途絶えていると思い込んで立ち尽くしてしまっている女性たちへ、神の側から2人の御使いを遣わして、道が続いていることをお告げになるのです。「途方に暮れている」彼女たちの傍らに、突然、「輝く衣を着た二人の人」(4節)が現れました。思わず恐ろしさのあまり地に顔を伏せると、2人の天使ははっきりと彼女たちに告げたのです(5~6節)。

 神様の使いである「二人の人」は女性たちの「そばに現れ」ました。つまり天使たちが現れたのは、墓の中です。天使は“暗い墓の中から外に出てきなさい。そうしたら光が当たるだろう”と言ったのではありません。天使たちが墓の中で行き詰まり、立ち尽くす女性たちに現れたというのは、光が墓の中にまで差し込んでいるということです。人間の中からは死に打ち勝つ動きは何一つ起こりませんでした。復活は〈命の業〉であるがゆえに、それは100パーセント、神様にかかっています。墓に捕らえられ、死に支配されて途方に暮れる人間を追い求める光、望みの無さに捕らえられる人間を、それに勝る強さで取り戻そうとする光がここに現れているのです!




トップページへ